中学受験の狂気

「中学受験」というものの存在を皆さんはご存知だろうか.

自己紹介記事でほんの少しだけ触れたが,私は中学受験を突破して男子校の中高一貫校に入学し,現在は高校一年生である.中学受験から3年と少しが経過し,流石にそろそろ中学受験をある程度距離をおいて見ることができるようになった気がするので,後の自分がこれを見返して恐怖で震えるためにも,残しておく.

注意.私は関西人なので書かれている事情はすべて関西のものと思ってほしい.

中学受験のここがおかしい

教科編

算数

高校範囲の定理を余裕で用いる

メネラウスの定理やチェバの定理なんかは図形問題を解く時にたいへん便利であるため,塾では教えられるし,「分かっていて当然」の雰囲気を出される.実際はこれらの定理は高校数学の「数学A」で学ぶ範囲である.高校生の中にもよく分かっていない人は多そう.

これはまだそこそこ頭のいい小学生にも証明ができるので許すとする.だが「パップスギュルダンの定理」を当たり前のように小学生に教えておくのはやはり異様な光景である.

この定理は回転体の体積を求めることができる定理で,高校数学でいえば「数学Ⅲ」の,しかも裏技に近いような扱いである.どうがんばっても積分を使わなければ証明ができないのだが,それを小学生にとりあえず使わせておくのはちゃんちゃらおかしい.

ちなみにパップス・ギュルダンの定理が中学受験業界で人口に膾炙してきたのは2014年頃からという噂である(個人の感想です).2014年に灘中とかいう学校がなかなかクレイジーな問題を出してしまったのだ*1.この定理に限らず,「難関校がクレイジーな問題を出す→塾がカリキュラムに取り入れる→他の学校も出題し始める→もはや常識になる」は中学受験あるあるの流れである.恐ろしすぎる.

もう√とかつかっちゃえよ

やはり小学生は小学生なので,√や,文字(x や yなど)を用いるのはいちおう禁じ手である.高校数学の定理を使っておいてなにを白々しいという気分になるが,そういうお約束なので仕方がない.

たとえば「一辺の長さが1cmの正方形の対角線の長さ」はもちろん√2cmなのだが,これを中学受験業界ならこうする.

求める長さを□とおくと,□×□=2

いやこれ√と変わらんやんけ.

謎のこだわりである.

国語

謎のカルチャー:漢字パズル

やはり関西の中学受験生なら灘の名を少しでも意識しないものはないが,灘は二日間入試がある.国語一日目の試験ではほぼ必ずと言っていいほど漢字パズルが出る.

いやなんやそれ.

QuizKnockの記事に面白そうなものがあった.「小学生に勝てるか!? 灘中入試に挑戦!」などとタイトルにあるが,一般人が勝てるわけがない.こちとら「所詮、手際よく解けるように作られた入試問題という箱庭の中で最速で問題を正解することに特化した訓練を受けた逸般の小学生」である.

タイトルはおいておくとして,中身の漢字パズルもなかなか難しい.おそらく灘の先生方は「豊かな漢語の広がりに触れて,言語に関する感覚を養ってほしい」とお思いなのだろうと拝察するが,塾が「漢字パズル対策」と銘打って講座を開いている時点で台無しである.

俳句おぼえがち

俳句の問題で頻出のものはなんだかんだ覚えてしまう.小学生は覚えなくてもいいことをすぐ覚える天才である.私なんか未だに「赤い椿白い椿と落ちにけり(河東碧梧桐)」とか,「新緑の中や吾子の歯生えそむる(中村草田男)」とか「咳をしても一人(尾崎放哉)」とかいろいろ頭に残ってしまっている.もっと豊かな味わい方をしたかったものだ.

理科

やってること高校物理の基礎と変わらん.

これに尽きる.

力のモーメントとか物質の三態変化とか,中学受験生は普通に解いてしまうが,これを高校の物理基礎の教科書で目撃した私は恐怖すら覚えた.小学生に何をさせてるんや.こういう事情もあり,中高一貫校の生徒の多くは「これ結局やってること中学受験と変わらんやんけ…」と思いながら授業を受けることも多いに違いない.

社会

中学受験で学ぶ社会というのは案外大事である.

私は中学受験で社会を学んだおかげで,その後いろいろな場所に旅行に行った時に「この地域の産業は…」とか「この地形は…」とか考えるネタが尽きずにいる.これはなかなか貴重なことである.私は中学受験でいちばん実りある教科は社会かもしれないとすら感じる.

ところがどっこい,関西人は社会を全然選択しない.理由は単純,関西の多くの中学校が社会を入試で扱わないからである.これは人生の損失だといっても過言ではない(中学受験にかまけて小学校生活をろくに外遊びもせずに終わらせるほうがよっぽど人生の損失であることは疑う余地もないが).

関西の大手の学校の方々が入試で社会を導入しない理由の方をぜひお聞かせ願いたいところである.

全般編

中学受験をくぐりぬける人の多くは,(たいへんありがたいことに,私を含め)きっと多大なる資本投下を受けているに違いない.なぜなら「中学受験塾に通わずに難関校に合格する」ことはほぼ不可能であるからだ(とは言いつつも,これを成し遂げた人が同級生に存在しているのがこわい).その一例を紹介しよう.

遠方から来る

福井から名古屋まで毎週ドライブ

福井に住む人が,名古屋の中学受験塾に通うために毎週一度母親に車で連れてきてもらっていたことがあるらしい.恐怖である.母親の献身的な狂気なくして中学受験産業は成り立たない.

遠方から西宮に短期移住

「塾銀座」とかいう不名誉な(?)称号を得ているのが阪急西宮北口駅周りである.このあたりは本当に中学受験塾が多すぎる.今年も日夜阪急を利用される皆様に対してクソうるさいクソガキどもが騒音公害を発生させ続けているに違いない.温かい心で見守ってくださるとありがたいです…

受験直前期には,そんな西宮に名古屋から移住してきて受験対策の授業を受ける人も割と一定数存在している.親には頭が上がらない思いである.

12時間耐久特訓

これは「朝9時から夜9時までテストや授業を受け続ける」千本ノックみたいな頭おかしい講座である.

この過労死や労働のホワイトさに対する世間の目が厳しい世の中において,小学生を12時間拘束する授業を嬉々として行う中学受験業界はなかなかどうにかしている.ちなみに私が卒業した次の年から12時間が10時間になったと聞いた.喜ぶべきか呆れるべきか.

とまあ,こんな愚痴まがいの言葉ばかりになってしまったが,ここで記事を締めくくろうと思う.書き出してみると本当に狂っているが,こんなものはあくまでまだまだ氷山の一角である.

ただ,中学受験の世界にこのような狂気が渦巻いていることはぜひ頭に留めておいていただければと思う.今や中学受験市場は拡大の一途をたどっており,首都圏では5人に1人が中学受験を経験するという推計もあるくらいなのだ.あなたの知り合いが中学受験を経験するときは,この狂った中学受験の世界に飛び込むまだ小さい小学生を,どうぞ温かい心を持って応援してあげてほしい.

*1:いちおう灘の名誉のために言っておくと,がんばればこの定理を使わなくても解ける.しかしながら,やはりこの定理があると非常に便利である.